摂食障害(過食症・拒食症・過食嘔吐・チューイング・下剤常用)相談

摂食障害、過食症の特徴的な共通点 病識の欠如

摂食障害、過食症らしい感じ方、考え方はどこからくるのか

なぜ、摂食障害、過食症では自分を病気の当事者であると思えず、大変な病気だと分からないのでしょうか。

それには、
無意識の心の働きや、
摂食障害、過食症によく見られる心理特性、
過食衝動に襲われ、依存に溺れた状態で、冷静に状況を見極められず、判断力が落ちること、
などが関わっています。

これらの心の働きについては、患者さん本人には自覚できないことが多いでしょう。これから、さらに詳しく、この心の働きについて、説明していきます。

1、「私って、病気なの?」・・・無意識の働きかけ、過食を取り上げられたくない

「私って、本当に病気なの?」
「私は、吐いてないし、軽いほう。」
「私より大変そうな人、ひどい人、たくさんいる。」
「毎日じゃないから、いいほう。」

摂食障害、過食症は、こんな風にして、自分を病気の当事者と思えなかったり、誰かと比較することで自分の状態を軽くみることがあります。
これは、自分のことを病気と思えず、病状を軽いと自己判断することで、「治療」「治ること」から遠ざかろうとする、無意識の働きかけのためです。

摂食障害、過食症に限らず、依存症というものは無意識に治療から遠ざかることで、死を早めてしまう傾向にあります。
この傾向から、依存症は「慢性の自殺」とも表現されます。

また、摂食障害、過食症の方にとって、治そうとすることは、過食や過食嘔吐、チューイングを取り上げられてしまうことです。
摂食障害の方にとっての過食、過食嘔吐、チューイングは、今まで生き延びるために、どうしても必要なものでした。
症状による害よりも、症状を取り上げられてしまう怖さ、不安、寂しさの方が、よほど不快で脅威的です。
そのため、自分自身を「病気」という「治療が必要な状態」と認めるわけにはいきません。
これらの心の動きは、ほぼ無意識のものであり、自覚できている方はほとんどいないでしょう。

摂食障害、過食症では、過食や過食嘔吐、チューイングを取り上げられないため、無意識に治療から遠ざかるため、自分自身の病状を軽んじたり、自分を病気と認めない傾向にあります。

2、身体のダメージ、つらい感情に鈍いため、大変な病気と思いにくい・・・アレキシサイミア(失感情症)

摂食障害、過食症がいかに深刻な病気か分からない傾向は、治療から遠ざかるためでもありますが、いかに深刻な病気かを実感できないせいでもあります。
摂食障害、過食症は、病気が心と身体、身近な生活、わが子に悪影響を及ぼしており、昔より症状が増え、症状にまみれた人生が嫌で苦しくて仕方なくても、それらを十分に実感できている方はほとんどいません。
自分の身の上にすでに起こっているつらい状態、苦しい状態を実感できていなければ、この先、さらに状況がひどくなることを知っても、実感が湧かないことでしょう。

摂食障害、過食症では、アレキシサイミア(失感情症)という心理特性を合わせ持つことがあります。
アレキシサイミアに陥っていると、寂しい、つらい、苦しい、腹立たしいなど、自分がどう感じているのかよく分からず、言葉でもうまく表現できません。
本当は過食、過食嘔吐、チューイング症状に自分の生活を奪われていることが嫌で、つらくてたまらないのに、ほとんどつらいと感じていなかったり、もやもやなど、言葉で表現できない不快感としてしか感じていない場合があります。
また、アレキシサイミアでは、自分自身の感情だけでなく、身体の感覚にも鈍感であることが多いようです。
過食や過食嘔吐、チューイングが身体に及ぼす悪影響だけを考えても、たった1回症状が出ただけでも、しばらく起き上がれなくなっても何の不思議もありません。
しかし実際は、症状の後に寝込んでしまうよりも、むしろ活発に動き回るようになる方がいるほどです。
アレキシサイミアの影響で、自分自身の身体に受けるダメージや、疲れが分からなくなってしまっているのです。

3、「症状はそんなにつらくない」・・・アレキシサイミア(失感情症)

摂食障害、過食症で、「症状はそんなにつらくない。」と訴える方は多いのですが、実はこれは非常に由々しき事態です。
自分が疲れていることが分からなければ、適切な休憩をとれないので、いつか過労で倒れます。
患者さん自身は「そんなにつらくない」と感じていても、積もりに積もった疲労や過食のダメージで、心身ともに崩壊寸前にあるかもしれません。

摂食障害、過食症の症状は身体にも心にも無視できない悪影響を与えます。
過食後に抑うつ状態に陥ることは、よく知られたことです。
摂食障害、過食症の方が過食や過食嘔吐、チューイングなどの症状について、自責や罪悪感を持たないことの方が珍しいでしょう。
また、過食や過食嘔吐、チューイングが身体に及ぼす悪影響を熟知しているのであれば、身体のことやこの先のことが心配で不安になるほうがむしろまともな反応なのです。
症状が出ても何も思わないのであれば、それは、自分自身の苦しい感情に気付けなくなっている、アレキシサイミアに陥っている可能性が高いでしょう。

過食、過食嘔吐、チューイングなどによる心と身体の疲れは、確実にその方の心と身体に降り積もっています。
症状がそんなにつらくない方は、アレキシサイミアの影響で、心と身体のつらさ、苦しさが分からなくなっているのでしょう。
アレキシサイミアに陥っていると、自分自身の心と身体のつらさ、苦しさが分からないため、余計に病気の大変さが分からなくなってしまいます。

4、経年増加が分からない、実感できない

一見症状が減ったように見えても、それは多重嗜癖?!

摂食障害、過食症の依存症としての特性上、なにもしなければ症状が徐々に増えていくのはむしろ自然です。
摂食障害、過食症の症状の経年増加の傾向を知り、過去に自分自身が体験していてすら、「毎日じゃないから・・・。」「前より症状減ってるし・・・。」と考える方は大勢います。
これまでの自分の症状を振り返り、経年増加を経験していても、これから先は大丈夫と思えることの異常さに気付ける人は、摂食障害、過食症の場合、少数派でしょう。
本当に症状が減っていて、少しでも冷静で客観的な状態になれているのなら、このように根拠のない楽観的なことを思えないはずです。

例外として、多重嗜癖(クロス・アディクション)に陥っている可能性があります。
多重嗜癖は、依存の対象を移ろい重なりして、いわば「○○依存症」を積み重ねていっている状態です。

多重嗜癖であれば、過食嘔吐などの症状が減っていて、一見良くなったように見えても、実は「○○依存症」は増えていて、むしろ依存症自体の病状は悪化している、ということが起こります。
さまざまな依存に溺れた状態では、正常な判断力を発揮することは難しく、一見減った症状にぬか喜びすることもあるかもしれません。

症状に溺れていると判断力が鈍る

摂食障害、過食症では、経年増加や多重嗜癖について知ったとしても、過食、過食嘔吐、チューイング症状が増えていくことを冷静に予測することができず、まるで実感が湧きません。
いかに知的に優れていても、無謀で楽観的すぎる感覚が、知識を覆い隠し、患者さんから判断力を奪ってしまいます。
その理由として、過食や過食嘔吐、チューイングにのみこまれた状態では、冷静に客観的な判断を下すことが難しいということがあります。
世間の人々は、酒を飲んで酔っぱらい、無謀で楽観的な感覚を楽しんでも、それが酒に酔った上でのことで、一時的であることを理解しています。
そのため、酒に酔った状態で人生がかかったような重大な決断を下すことはほぼ無いでしょう。

摂食障害、過食症で、過食衝動に襲われ、過食にまみれた状態は、いわば酩酊状態のようなもので、自分でも気付かぬうちに判断力が鈍っているものなのです。

もうひとつには、アレキシサイミアの影響があります。

アレキシサイミアのために、病状を心配する気持ち、不安、怖さなどを感じることができなければ、適切な将来の予測ができなくなります。
その結果、経年増加について知っても、「自分だけは違うのでは・・・」など、それが自分の身の上に起こりうると思えなかったり、「私はなんとかなるんじゃないか」と思うようになるでしょう。

なにもしなければ、過食、過食嘔吐、チューイングは増える一方であることを知ったとしても、それがこの先の自分の身の上に起こると思えない、そのことに何の怖さも不安もない状態であれば、いかにもその方は摂食障害、過食症の患者さんらしい方なのです。

5、誰かと比較することは、依存症の底なし沼に片足を突っ込んでいること

「吐いてないからマシ。」「私はあの人よりひどくない。」など、誰かと比較して、自分の病状を軽く考えようとする心の動きは、いかにも摂食障害、過食症らしいものです。
過食衝動があり、過食に至っている時点で、摂食障害、過食症である事実は変わりません。

また、摂食障害の患者さん同士で、症状の種類や量を比較することには、何の意味もないばかりか、この場合有害です。
少しでも自分をマシな軽い状態と思うことで、「治療」や「治そうとすること」から遠ざかろうとしているのです。

これは、過食や過食嘔吐、チューイングを取り上げられないための心の動きです。
この心の動きは、ほぼ無意識のうちに成されるため、自覚できない場合が多いでしょう。
また、アレキシサイミアの傾向にあり、過食、むちゃ食いによる心と身体のダメージに気付けなくなっているから、「吐いてないからマシ」のように思えるのかもしれません。

あなたが過食していて、「吐いてない分マシ。」とか、「自分よりも大変な人はたくさんいる。」と思っていたとしても、実はあなた自身が、ひどい、大変な状態にあるのです。
アレキシサイミアや、症状を取り上げられまいとする無意識の働きかけにより、自覚の無いまま、あなたはどんどん治療から遠ざかっています。
あなたは、今まさに、依存症の底なし沼に嵌り込んでいます。

6、「いつか、なんとかなるんじゃないか。」について

摂食障害、過食症の方はよく、自分の将来や症状について、根拠無く、「いつか、なんとかなるんじゃないか。」と思っています。
摂食障害、過食症の方で、頭の片隅にこのような感覚がある方は多いでしょう。
将来なにかのときに、症状が止まるんじゃないか、治ってしまうんじゃないかと、うっすら思っているような感じです。

もちろん、引っ越ししても、社会的に成功しても、結婚しても、妊娠しても、子どもを生んでも、摂食障害、過食症は治りません。
そして、この事実を知っても、実際に経験してみないと分からない、自分だけは違うのでは、と考える方が多いのが摂食障害、過食症なのです。
病識が欠如し、病気の深刻さが分からない状態だからこそ、このような楽観的すぎる、いっそ無謀な感覚が湧いてくるのです。

もっと詳しく言えば、
治療から遠ざかるため、症状を取り上げられないための無意識のはたらき、
過食、過食嘔吐、チューイングに溺れて判断力が鈍っている、
アレキシサイミアの影響、
これらが絡まり合い、挙句の果てに、「いつかなんとかなる」という感覚に行きつきます。

冷静に、客観的に、過去の自分と今の自分を比較することができると、「いつかなんとかなる」という思い込みが、いかに無謀で危険なものか分かるはずです。
そこまで分からないまでも、誰かと比較している場合ではないことぐらいは分かるかもしれません。

「なんとかなるんじゃないか。」という感覚、考え方は、とても摂食障害、過食症らしいものです。
摂食障害、過食症に典型的な、病識の欠如した状態、病気の深刻さが分からない状態だからこそ、そうなるのです。
病状を軽く考えてしまう、現状から将来を冷静に予測できないのは、摂食障害、過食症らしい症状のひとつなのです。

7、否認

摂食障害、過食症で病識が欠如する原因として、もうひとつ重要なものがあります。
人は、心を守るために、受け入れがたい事実を否定することがあります。

これを心理学的に否認といいます。

そもそも、摂食障害、過食症は、不安を多く抱えた病気です。
自分自身を病気の当事者であると認めてしまったら、摂食障害、過食症の深刻さを理解してしまったら、ふつうの生活を送れなくなるほど不安になったり、心が壊れてしまいかねないのかもしれません。

この場合、摂食障害、過食症の病識が無いこと、深刻さが分からないこと自体が、その方の心がギリギリの状態にあることを表しています。

危ういバランスで心を保っている場合、自分自身の心を守るために、自分を病気と思うわけにいかない、摂食障害、過食症が深刻な病気であることが分からない、ということもあるでしょう。
心理学的な否認が働いてしまうぐらいに、心がボロボロで、ギリギリの状態なのです。

170718h